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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)38号 判決

原告 浪速産業株式会社

被告 特許庁長官

主文

昭和三十二年抗告審判第一、二九八号事件について、特許庁が昭和三十三年八月八日にした審判を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和三十一年十月十三日別紙目録記載のように「728TEX」の文字からなる原告の商標について、第三十二類毛織物を指定商品として、登録を出願したところ(昭和三十一年商標登録願第三〇八四一号事件)、昭和三十二年五月二十一日拒絶査定を受けたので、同年六月二十八日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十二年抗告審判第一、二九八号事件)、特許庁は、昭和三十三年八月八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月十九日原告に送達された。

二、右審決の要旨は、織物類について数字で何百番ないし何千番と表示することは、商品の種別表示として普通に使用されるところであり、また織物を表わす「Textile」はその略称として「TEX」を使用し、厚地織物類に一般に慣用されているところであるから、728の数字とTEXの文字を組み合せてなる本件出願の商標は、織物の名称と商品の記号とを表示したものに過ぎず、指定商品に関しては、商品甄別の標識として、商標法第一条第二項の規定するいわゆる特別顕著性を欠き、登録することができないといつている。

三、しかしながら右審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  商標はこれを構成する部分一つずつでは一般に慣用されている固有性のないものであつても、これが一連一体に結合した場合には、特別顕著性を有するに至るものである。(例、「東京」と「堂」とを結合した「東京堂」、「十一」と「屋」とを結合した「十一屋」。)いまこれを原告の出願の商標についてみるに、これは各個の文字の間を線で繋いだ「728TEX」という一連の文字からなるものであつて、これを「728」と「TEX」とに二分して各別に論ずるならば、或いは審決のいうように、慣用の文字で各個特別顕著性がないといい得るかも知れないが、一連の「728TEX」の文字そのものは、絶対に慣用されてはいないし、また慣用される蓋然性をも持つていない。

(二)  審決は原告の商標を二分して、前半「728」の部分に対しては、織物の番手表示でしかないものとなし、後半「TEX」に対しては、「厚地織物の略称」でしかないものとして、その特別顕著性を否定した。しかしながら、この認定は、本件商標である「728TEX」なる一連の文字自体について、それが毛織物の営業上に慣用されているものであるか、その蓋然性があるか、もしありとすれば、いかなる意味においてそうであるかの判断を遺脱して、分離的局所的観察に終始した結果、特別顕著性のあるものなしとしたものである。

(三)  織物に関し、四〇番、六〇番、八〇番とかの文字で、織成原糸の番手を表示することはあるが、「七二八番手」というような顕微鏡的な細い糸の織物は実在せず、また実在する可能性もない。それゆえ「728」の文字を見ても、それが糸の番手表示語であろうなどと思う者は、常識上から考えても到底あり得ないところである。審決は、こうした点についても、何等の考慮をも払うことなく数字は何であれ、悉くこれを番手表示であると速断したところに重大な誤りがある。

(四)  「TEX」の文字は、審決のいうように、「厚地織物の略称」として厚地織物にのみ慣用されるものではなく、「TEX」の文字を語尾に有する商標が「織物全部」を指定商品として登録されている例は極めて多く、織物以外の商品について登録されている事例もある。

(五)  原告の本件出願商標は、懸賞募集によつて募集した多数のうちから、その「728TEX」の「728」が、原告の商号における「浪速」と一脈通ずるものがある点において、(しかし「ナニワ」の称呼を生ずるものではない。)原告の好みに適し採択されたものである、それが審決のいうように商標たる性能を欠いて役に立たない位ならば、商売人である原告が始めから、これを商標として採択するわけがない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

原告の出願にかゝる本件商標は、「728」の数字と「TEX」のローマ字とを普通に使用される方法で組み合せてなるものに過ぎない。しかもこの数字は商品繊維品の種別等を示すものとして(例えば繊維品の商品見本等サンプルはもちろんのこと、商品についても種別記号として一般に当業者が使用している。)、メーカーは勿論のこと、卸業者筋では普通に用いているところであり、また「TEX」は、「Textile」すなわち「織物」の意味の略称として当事者間で一般に用いられていることは、特許庁に顕著である事情等を勘案してみれば、本件出願商標である「728TEX」の表示は、織物がどんなものであるかの種別記号を示した程度であつて、織物メーカーは当然のこと、この種業界でこの程度の表示は必要に応じ、任意に採択することが自由であり、更に織物についてこれを使用することも、当業者の任意とされるものであることが極めて明らかなところであるから、結局商品毛織物について、このような商標は自他商品を甄別するに足りる特別顕著性を具有するものではないから、かりにこのような表示が原告の独創にかゝるところであつても、右の事由はこれを覆えし得ないことは明らかである。

原告は、本件出願商標中の「728」を、審決が「番手」の一種の数字であると認めて判断したように主張しているが、審決はこれを「番手」の一種の数字であるとしたようなことはない。右の数字は普通種類別区分の表示記号の数字として使用され、このような表示記号は当業者が必要に応じ、任意にこれを採択又は使用するところのものであるとしたものに外ならない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告の主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一号証とによれば、原告の本件登録出願にかゝる商標は、別紙図面記載のように「728TEX」の文字を、前の文字の終りを次の文字の初めに細線でつないで、一連に左横書にして構成され、第三十二類毛織物を指定商品とするものであることが認められる。

よつて右出願にかゝる商標が、商標法第一条第二項にいう特別顕著なものであるかどうかについて判断するに、右商標を構成する何百番ないし何千番の数字が、商品の種別記号として、しばしば用いられるものであることは、その成立に争のない乙第四号証の一から五まで、乙第五号証の一から十三までによるまでもなく当裁判所にも明白なところであり、またその成立に争のない乙第一号証、乙第二号証の一から五まで、乙第三号証及び検甲第一号から第七号までを総合すれば、同じく「TEX」の文字が、英語の「textile」又は「tex-ture」の文字から出て、現在においては、ひとり審決のいうように、「厚地織物類」ばかりでなく、広く織物類の商標を構成する文字として使用されているものであることを認めることができる。従つて数字又は「TE-X」の文字を、ただそれだけ切り離して使用すれば、これらの表示は、或いは審決のいうように、前者は商品の種別記号を表示するものとして(審決は、原告の非難するように、これを「番手」を表示するものとみたものでないことは、その成立に争のない甲第二号証の記載により明白である。)、また後者は指定商品を包含する商品織物の一般名称を表示するものとして、格別の事情のない限り特別顕著性を有するものとはいい得ないかも知れない。しかしながら本件商標は、その構成よりして、また証人上野金太郎の証言によつて認められる実際使用の状態からいつても、これを前述のように、数字の部分と「TEX」の文字とを各別に切り離して観察理解すべきではなく、これを「728TEX」の全体として観察理解すべきものと解するを相当とする。そしてこのことは、前記乙第一、二、三の各号証によつて認め得る広く織物の商標として、語尾に「TEX」の文字を有する数百の商標が並び存在している事実によつても、これを認めることができる。

次いで、右「728TEX」の商標を一体としてみた場合、この表わす数字が、前記乙第五号証の各号が示す数字四〇、六〇、八〇等のように、使用原糸の番手その他この種商品に普通使用せられる数字であることを認めしめるに足りる証拠は全然存しないばかりでなく、原告会社の商号である浪速産業株式会社の「ナニワ」をも想起せしめ、「ナニワテツクス」としてはもちろん、「七二八テツクス」としても、本件商標は、自他商品識別のはたらきを十分になし得るものと解せられる。

三、以上の理由により、原告の本件商標は商標法第一条第二項にいう特別顕著性を欠くゆえに登録することができないとした審決は違法であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標〈省略〉

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